道中漂流記

将来の夢はそぞろ神

2014年度代表作アニメ SHIROBAKO


f:id:zarathustran:20150908015109j:plain

1. 概要

SHIROBAKOとは、武蔵野アニメーションという架空のアニメスタジオで働く主人公の宮森あおいとその取り巻きにスポットライトを当てた作品である。

2,主観的評価と一応の客観的評価

この作品が私にとって佳作から傑作に変わった瞬間は1クール目の結びである12話の放映後であった。後に、2クール構成と知った私はいくら傑作であろうとも、中弛みは避けられないだろうと思っていたが、どの回も12話ほど飛び抜けてはいないものの、高いクオリティが落ちることなく、そのまま最終回まで突っ走っていった稀有なアニメであった。また、このアニメの円盤も独特な推移をしていた。普通、深夜アニメの円盤はいくら話が面白くても売れるとは限らないことが日常茶飯事である。(逆に脚本が破綻していて、声優の演技が聞き苦しいほど下手でも、歌と踊りだけで不動であるべき傑作を越えてしまうというイレギュラーな作品もあるが)
しかしながら、この作品は正当な評価を受けた結果、放送当初5000枚だった売上げが回を増す毎に枚数も増えていき、最終回後には3倍の15000枚になっていたのである。未見の方は是非ともご覧あれ。


以下、ネタバレ含む

3, SHIROBAKOの構造

SHIROBAKOはアニメスタジオという裟婆の象徴を元にしつつも、生き辛さや仕事の苦悩といったマイナス面を見事に放り捨てている。ずかちゃんや杉江さん、2期目に出てきた平岡はまさに裟婆の生きづらさの体言であり主人公宮森あおいの対比となる存在として登場したが、その平岡も周りに感化され救済を受ける。すなわち、平岡やずかちゃん、杉江さんは記号としての役割を果たし、さらに記号からの脱出までした。これは現実と願望や理想の対比からの脱出とも取れ、物語の暗黙の了解(対比の構造)すらも超越している。また、SHIROBAKOは理想と現実を象徴するキャラクターを配置している。視聴者は宮森あおいが出世街道を進むのを見て、宮森あおいに感情移入していくのだが、ずかちゃんや平岡、杉江さんに現実の側面を見てしまい、宮森あおいになりきることをやめて、自分は現実の側にいるのだと気付き、いつしか応援する側に移るのである。しかし、SHIROBAKOという作品は負の記号を脱出させるという手法に出た。負の記号が浄化される場面を作ったのである。散々と現実の側面を押しつけられた記号は、満を持して開花し、このアニメにカタルシスを運んでくる。それが12話の杉江回であったり、平岡と太郎の居酒屋回であったり、23話のずかちゃん声優デビュー回であったりするのだ。また、負の記号が記号の役割を脱出する時、現実の側に戻った視聴者もその追い風を浴びることができる。老兵が消えず、かつてのように皆に尊敬され、自分を省みるのを見て、感情移入しない者がいるだろうか。SHIROBAKOは2014年度のアニメの中ではピンポンと並ぶ傑作であった。それ故に、メディア展開が上手く行かず、勢いが無くなってしまったのが非常に惜しい。さらに言うとこういう作品が豚釣りが上手いだけの糞アニメの影に隠れるのはもっと腹が立つ。最後の方は私怨が入ってしまったが、本当に面白い作品なので12話まででも良いので、視聴してみることを勧める。






僕は才能っていうのは、何よりまずチャンスを掴む握力と失敗から学べる冷静さだと思う。 


余計なプライドを投げ捨てて、一匹狼を気取っていたと自省できる杉江爺さんは
老兵の鑑である。この杉江爺さんの名言を金言にして今日も頑張ろうと思った次第である。