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道中漂流記

将来の夢はそぞろ神

郷土史探訪🚲

最近、お熱の郷土史探訪。

 

 気分の良い月曜日はロードバイクに乗って、郷土史探訪をしている。風を浴びながら常陸国風土記の記述を元に南方や東方に行くと、新たな地理に根ざした信仰の跡を見る。そこで、ここにメモ書き程度に様々な発見を残しておく。 

 

・東方、旧信太郡での発見

 霞ヶ浦の舌部分にある阿見町、現代では何かと不便でマイナーな場所であるが、古代においては、信太郡と呼ばれた土地領域の中でも取り分け中心地であったらしい。阿見美浦に鎮座する2つの神社がその生きた根拠である。

 ・懸社 楯縫神社

・二宮 阿彌神社 

 

 楯縫神社は懸社であり、美浦に行く県道付近にある。布津主を祀っており、同神を祀る香取神宮とは関係がありそうである。というか、ある。楯縫の名の由来は常陸国風土記に記されている。

 

碓氷から西に行くと高来たかくの里がある。昔、天地の初め、草も木も言葉を語ったころに、天より降り来たった神があった。名は普都ふ つの大神といひ、葦原の中津の国(この付近のことらしい)を巡行し、山川の荒ぶる神たちを和めた。それを終へて天に帰らうとして、身に着けてゐた厳(いつ)の鎧・矛・楯・剣、手に付けてゐた玉を、すべて脱ぎ捨て、この国に遺して、天に昇り帰って行った。

  http://nire.main.jp/rouman/sinwa/hitatihudoki.htmより抜粋

 布津主は、武甕槌命と並ぶ軍神である。まぁ、説によっては同一視もされている。布津主の布津は、剣で切ったときに出る音と言われている。これも諸説あるが。血飛沫の音、現代の"ブシャー"の古代版みたいなものか。なんせ、この神はエピソードが少なく、もう片方の武甕槌命に比べると性格、気質がよく分かっていない。そして古事記にも登場しない。

 しかし、出雲国風土記日本書紀には登場しており武甕槌命同様、出雲の神だということが分かる。今回の探訪の発見はそこにあった。つまり、古代出雲国には楯縫群という地域が存在していたことを。

 


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 http://izumonokunifudoki.blogspot.jp/2015/08/blog-post_8.html?m=1より抜粋

 

阿彌神社の概略と楯縫群、楯縫神社との関連については、また気が向いたら記事にする。