道中漂流記

将来の夢はそぞろ神

小噺

 ゐんふるえんざなので

 

 誰もがスマホを手にする時代、ソシャゲの流行は火を見るより明らかであるけれども、ネット上に転がっていた読み物もまた陽の光を浴びている。多くはまとめサイト等の記事を見、読み物を消化して時間潰しをしている。時事に対して議論コメントを書き込むこともあるだろう。読者はスレ民とは隔離されているが、まとめ民という議論仲間が一定数居るので、レスの延長戦ごっこができる。尤も、まとめでコメントを撃つ民など全体の1%くらいだろう。読み物を読むときは受け身の姿勢が基本なのだから。逐一返答などしていたら体力が持たない。

 ところで、まとめサイトは読者の関心に合わせて記事を拾っている。拾い先の2chも掲示板というシステムを取っている以上、皆の関心の集まるスレッドが盛り上がる。そして、どちらも構造が同じなので、盛り上がったスレッドを引っ張ればよい。盛り上がるスレッドとはどのようなものか。それは、時事、馬鹿話、ブーム関連、最後に板民に限り共通な話題である。

 例えば、懐古話や共通話題として古典をネタにする場合が多い。古典とは、今は教養の意味合いが強いが、本来は同コミュニティ内にいる自分と他人との共通コードである。歴史の中で変わらぬ特異なものを共通コードとするのは当然である。(分かりにくければ反対を考えて)

その中で古典、即ちコピペが浮かぶ。コピペは板民にとっての古典である。

 しかし、まとめ民はこの共通コードを共通コードとして認識できない。当たり前だ。

それ故に爆笑コピペや洒落怖などのスレが出てくると注釈なしでは居られない。が、一方で時事に慣れたまとめ民は更なる新鮮な暇つぶし材料を求めて共通コードの理解に励む。

まとめ民が能動に移り変わる瞬間である。

そうなれば、板民とまとめ民を分けた垣根としての古典はもうぼろぼろと崩落し、まとめ民の共通コードとして機能する日も来るかも知れない。